京都・太秦 廣隆寺上宮王院聖徳太子像 御束帯御装束調査について



 この調査は、まず平成4年10月31日、御装束調進に当って御像と着装の御装束の状態を知るため、上宮王院本堂の扉が廣隆寺 清瀧智弘前貫主によって開かれ、元宮内庁京都事務所長と前貫主と高田装束研究所所長 高田倭男が拝見したことが発端となっている。
 この時、御像の首部、手などが非常に傷んでいることを知り、元宮内庁京都事務所長の御意見として、損傷箇所につき人形師の方にでもまず応急措置をして貰うよう指導提言があった。この時までは従来からの通年によって、御像は近世の彫刻と思われていた。
 平成6年7月18日御像修理のため、当方が御装束を脱がせたところ、この御像は立派な下着、下袴を着用した姿に造られ、その衣服形式がすこぶる古様で美しく心うたれるものであった。
 人形修理中、御像内に元永3年(1120)の銘が記されていることがわかり、さらに、胎内納入品の発見へと導かれていったのである。
 御装束についても、歴代の天皇の御即位礼に際して、その都度天皇の御束帯と同様の御装束が新しく調進され、下賜されて御像に着装されてきた。各天皇の御束帯黄櫨染御袍の資料として、大変貴重なものと言えよう。
 この御装束(御束帯黄櫨染御袍)は各時代を通じで、全て山科流(天皇御料は原則として山科流による)によって製作されており、山科流が古くからあること、天皇家の製作を主にしていたことから、この仕立て、裁縫方法が用いられていたことが、これら資料からもわかり、記録からも代々当方で製作していることがわかる。
 その後、平成6年11月20日御更衣の儀までに、写真撮影や、人形、胎内納入品調査を専門の博物館員によって行われ、儀式後も修理、調査、写真撮影が引き続き行われた。
 実際に製作、調進してきた当方が、平成7年に御装束調査を依頼され、現存する各代の御装束をすべて拝見した。その調査書として、後日調査報告書を作成した。




 
 調査報告 「広隆寺上宮王院聖徳太子像」 (京都大学学術出版会 発行)









 これら御装束に関しての調査、報告書の執筆は当方が担当しましたが、後日追加写真撮影、掲載時において、当方関係者ではない、他者の誤りにより、名称等訂正が発生し、訂正文を京都大学学術出版会から、この報告書に挿入されましたが、もしも訂正されていないものがあってはいけないので、下記に記します。

(訂正文 京都大学出版会より)

お詫びと訂正


 このたびは本書をお買いあげいただき、まことに有り難うございます。本書カラー図版編中に、誤記がございました。謹んでお詫び申し上げますとともに、下記の通り、訂正させていただきます


                                 記


 カラー図版  8 上段左右および左下    「汗衫」を「汗衫様下着」に
 カラー図版  8 左下             「表袴」を「御大口」に
 カラー図版 40 右下              この写真は、大正天皇下賜の御冠ではなく、昭和天皇下賜 御冠です。
 カラー図版 40 左下             「表袴」を「御表袴」に

またカラー図版40 「御装束 大正天皇下賜」の右下「御冠」(実際は昭和天皇御料)の「御立纓」の差し方も前後逆になってしまっている。
(これは後日、他者立会いで追加撮影されたため、高田装束研究所が撮影時に関与できず、誤ってしまった。一応参考までに記しておきます。)


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